女子大生日記

どうでもいいことをツラツラと書きます。

諦めた

 

最近全てを諦めてしまった

 

就活していいところ(自分が行きたい企業)行けるとも思ってないし

 

恋愛して相手に好かれるとも思ってない

 

昔の自分は全ては期待していた

夢を見ていた

 

今はもう何もかも諦めていて

現実見ることしかしなくなってしまって

 

そしたらもうこの人生というものが

本当にドス黒い道に見えてきた

 

 

この先自分は幸せなのか

幸せとは何なのか

 

幸せの定義を低く設定すれば

自分は幸せになれるのではないかと思ったけど

 

そもそも幸せって感じるものであって

定義づけるものじゃないんだよなって

 

 

ただ、「今幸せ」って心の底から思いたい

 

そんな人生

寒いなあ

 

どんどん気温が低くなっているように感ぜられます。天気予報見てないので、寒くなってるのかどうか知らないけど。

 

寒いなあ。

 

人肌恋しいなあ。

 

就活飽きたなあ。辛いなあ。

 

恋愛でもするかあ。

 

「恋愛」ってなんなんですかねえ。

私にとって恋愛とは今まで、相手に対して心がキュンっとなったり、心躍ることを指していました。しかし、この大学生活を経て、私の恋愛における価値観が変わろうとしている。

 

大学1年生時と比較して私は、合理主義的になった。周りの友人に影響されやすい私は、周りが皆合理主義が多かったのもあり、少しずつ傾いていき、最近は完全に合理主義者になってしまったように思う。

 

それもあるし、心が歳を取ったんだと思う。

昔なら、これでときめいているんだろうなあ、と思うことにも今はもうときめかない。

 

まあ、どのように変わったかと言うと、

感情的に、トキメキを大切に恋愛をしたいのだが、全く人に、異性に対してときめかなくなってしまって、恋愛を合理的に判断しようとしている。

 

その人の性格やスペックを見て、自分の理想に近いかどうかで判断する。

書いているだけでも冷たくて、悲しい。

 

昔の燃えるような感情はどこにいってしまったんだろう。

 

燃えるような恋をしていたときは、真冬も心は温かかった。

 

すっかり、冷めきってしまったみたい。

 

 

就活

 

 

1週間ボストンのキャリアフォーラムに行ってきたけど、

本当にいい経験ができたし、

面白くて尊敬できる人間にたくさんめぐり合うことができた。

内定ないですけど、行ってよかった。

 

説明会など行く暇もなく、HPを見たり就活サイトで企業のことを知り

ぶっつけ本番で面接する形になってしまった....

 

でも面接をしていく中で、やっぱりそれぞれの企業・人事によって特色があり、

これがこの企業の雰囲気かな、求めてる人物像はこれかな、と面接を通して知っていくことができたし、

自分に合う・合わない企業がちょっと理解できた。笑

 

 

就活って本当にマッチングアプリかよって感じ。(笑)

企業は高学歴・美形になびくし、

Tinderで上記二つに当てはまらない場合一瞬で左にスワイプするじゃん?笑

まさに日々のTInderでの行いがブーメランとなって返ってきた....

 

頭が良くない大学・美人ではない・その2つをカバーするような資格もない私は、大手企業になるとまず書類が通らない。

あと、面接する機会をくれたら内面でどれだけアピールできるかにかかってる...

 

ていうのをしみじみ実感した。

自分をどれだけ上手くアピールするかという点で「自己分析」は本当に大事。

 

そして

TInderも自分と同じ趣味だったり、好きな歌手とかスポーツが同じだと

話してみたいって思う時あるじゃない?

就活では、その企業のことを知っていかに熱く語れるか、そのレベルまでいかないと

頭脳・顔がない私はまず内定もらえないだろう。

 

ボスキャリを通して1つ面接官が頭が切れていて面白い企業があって、

本当にここに就職したいって心から思った企業があった。

1次面接、2次面接、最終面接ってスルスルっと最終まで行けた。

私もこことは波長が合うと感じたように、人事の方もそう思ってくれたのかな、

 

でも、最後の最後に人事の方はちょっと違うと思ったみたい。

今は恋愛でいうと「告白して待っている時間」かな。

でも限りなくNOなんだと思う。

 

まだお祈りメールはきてないんだけど、いつ来るのかな。

はっきり振ってくれないと次に進みだせないよ、

 

私ってそういう性格だからさ。

1年

 

本当にこの1年で変わったことと変わらなかったことを

まとめていきたいと思う。

 

変わったこと

 

私は、以前にも書いた気がするが努力ができない。

 

私は大馬鹿者で努力できないと自分でわかっていて

痩せられないからデブ役に徹し

勉強できないから馬鹿役に徹し

でも人一倍プライドは高くていちいち理想的な自分でないことに

傷つきショックを受けていた。

なぜ役に徹するかというと周囲には私は努力すればすぐできちゃんですよっ

でもただしてないだけなんです....という風に捉えさせて少しでもプライドを守ろうとしてた。そして私は今まで努力する姿を見せることは醜いことだと捉えていた。

けれど、真面目に努力する人をこの1年見てきてかっこいいに変わったし、

理想的な人間になる第一歩は努力を積み重ねるしかない。

特に言語を今年1年真面目に勉強した(つもり)で、言語の類似によってアドバンテージを持つ母国語所有者もいたけど(発音とかで)、結局言語というものは努力の積み重ねで語学力が決まる。

 

あと最近自分でも驚いてんだけど

4月に一目惚れした人に失恋してから

まっっっっっっったく男に興味が湧かないこと。

どうでもいいな?って感じ。

常に好きな人いたし、恋愛体質なのにどうしたんだろう。笑

いい人が周りにいなかったから??

 

あとこの1年で5年老けたかのように

世の中を達観する姿勢で物事を見るようになってしまった。

初々しさというものは皆無や....

 

変わらないこと

 

私が変われなかったこと、

それは人を見た目で判断しないこと

 

私は人の所有物が清潔かそうじゃないかをすごい見てしまう。

それで清潔そうではないと、あまり一緒に居たくなくなってしまう。

はっきり言えば、貧乏そうな人とは一緒に居たくないってこと。(日本と海外の貧困の差は違う)

本当に何しに東南アジア行ったんだよって正直思う。

 

現地の人に馴染もうと努力してみても、

私にはちっとも楽しくなかった。

私は留学する前現地の人と仲良くなり、いろんな文化を体験しようと思っていたものの、全く性に合わなかった。

これについては理由がわからない。まだ自分でも整理ができていない。

文化の違いを本で読んだり、聞く分には面白いってなるんだけど実際は結構です...みたいな....

例えば、「東南アジアのある地域では昆虫類を主食として食べてるところがある」っていうのを読んでへー面白いって思っても、自分が現地に行ったら、自分は食べたくないみたいな....

そんな感じなんだよなあ。

 

あと英語力のなさ、これ変わらなかったなあ。

発音はネイティブっぽいんだけど、全くもって話せない。

ネイティブが10としたら私は3。でも発音はいいからめっちゃ話せるねとか言われて

調子乗るんだけど、そうじゃない。本当に話せないんだよね。

 

そして留学生活悔いているのが最後の4か月の過ごし方ね笑

 

本当に授業が一気に難しくなって

スピーキングが会議だったりディベートだったり

ライティングは1回先生とのくい違いでエッセイはじめから書き直すことになって泣いたり。

いやあ........本当に最後の4か月辛かった(まだ終わってない)

こんな辛くて余裕ない日々、悔いている理由というのが、

もう言語に興味をなくしていたこと。

 

9か月目に入って現地の友達全然いなくて

もうなんのためにやってんだろう?って思っちゃったし、

ここで働くわけでもないのに何頑張ってんのってなっちゃって

 

正直英語と簿記とか勉強したくなっちゃって

今もだけど早く抜け出したい気持ちでいっぱいだった。

この4か月確実に嫌々やってても課題多すぎて言語力は伸びてるんだけど

何やってたんだろうなあ...と言う気持ちでいっぱい。

 

結局、この1年私は変わったのか、変わらなかったのか。

気づいたら10か月経っていた

 

インドネシアに来て10ヶ月以上たった。

 

私はこの10か月で全く知らないインドネシアという国について

たくさんのことを学んだ。

 

地方のスンダ語アチェ語ベタウィ語とか全くわからないけど

公用語であるジャカルタ方言のインドネシア語は結構聞き取れるようなったし

ある程度のことは言える。(発音はいくら改善してもまだまだ程遠い)

 

大学に通っていろんな文化を本や先生から聞くことで学んだ。

 

「本や先生から聞くことで学んだ」

 

 

インドネシア好き?と聞かれたら好き。と答える。

 

でも私はインドネシアに興味関心はあるけれども

全くインドネシア人、インドネシア文化に心から向き合うことはなかった。

 

興味関心はあるけど、関わらないってなんなんだろう。

こんな現象あります?笑

 

私はずっと留学というのは真にその国の人と文化に向き合うものだと考えてきた。

それなのに、私の留学の結果がこれだ。

 

そう思うとこの10ヶ月を恥じる。けど、私はまた最初から留学しても同じ結果だろう。

油そばを食べながら黙々と思ったこと

 

ご無沙汰しております

 

今日、インドネシアは祝日でした。

何の日かと言いますと...ムハンマッド昇天祭です。

 

ムハマッド昇天祭(イスラ・ミラジュ)
イスラム教の預言者ムハンマドエルサレムから天国に昇り、聖書中の預言者と神に出会ったことを祝う祭日。ムハンマドはその後地上に戻って神の言葉を人々に伝えたとされる。

 

イスラム教徒をこんなにも身近に感じているのに、彼たちのことを何も知らないな...

まあ言うて私は教養がないので日本の祝日も大概わかってないですけどね...(失笑)

 

まあ、今日は祝日だったので明日が試験開始日だとしても、、、

夜ご飯くらいはいいだろうとインドネシア人のお友達と食べに行きました。

 

モールに行って何を食べるか悩んだ末、油そばをお勧めされて食べました。

実は日本でも食べたことなくて、人生初の油そばでした。インドネシアで。

 

イスラム教徒に囲まれながら豚を食べるのは気が引けたので、

(以前夕飯にとんかつを食べたと伝えただけで嫌がられた。目の前で食べるなんて無理)

鶏肉の油そばを注文。美味しかったです。油そばってあんなに美味しいんだ。

 

すごい雑談から入って、もうずーーっとリスニングのテストみたいな感じでした。

全く聞き取れないところとかあって、優しい子がゆっくりもう一回話してくれたりして、申し訳なさを感じました。。。ありがとよ。。。

 

そして今日知ったことはWA(whatsapp、日本でいうLINEで各地方によってグループ(RT)ができているということです。まあ日本でいう自治会的なものなんですけど

A「どこ住んでる?」

B「〜〜らへん」

A「RT何番?」

B「RT31番」

というような感じで地域によって番号がついていて、実際にも自治会を開きかつライングループみたいなものでご近所さん同士が繋がっていることに驚きました。日本って近所付き合い薄くないですか??まあ東京しか知らないけど、東京のご近所づきあいは明らかに薄い。あと、ライングループで近所同士が繋がるなんて考えられないなあ。

 

インドネシア人の人間同士の関わり合いが濃いなあ〜と改めて感じました。

そして日本は、今の核家族が主流となって地域内での人とのつながりが薄くなったなあ、と思いました。感じました。思いました。

 

小1の作文かよっっっっってね

 

そのあと授業中かと思うような会話が開かれました。(ただのメモ)

A「家の近くに財団があるんだけど、私の家周辺で読み書きができない学校に通えない子どもたちを集めて食事会をしたいの。そしてその子達にプレゼントを贈りたいんだけど何がいいと思う?」

B「古本とか?」

C「いや、もう私たち社会人だし、昔の本は持ってない場合どうしたら言い訳?」

D「古本と現金両方渡せばいいじゃん。現金で本買えるし。古本はあげたいやつがあげればいい」

めっちゃリスニングの授業で流れそうな内容やな〜と思いながら聞いてた。

 

結局今日全く発言してない。

日本語で話してるとあんなにうるさいのに、最近はただの無口野郎です。

 

あと今日習った単語なんですけど

wanita(女性)+pria(男性)→waria(オカマ)

なるほど〜〜

 

Sampai jumpa~